岡田茂吉的な桃太郎伝説の総括【2018年(犬)・2017(鳥)・2016(猿)】

2015年の年末の自分のブログを読んで、2016・2017・2018年が激動の年だと予告した。トランプ大統領は大きなインパクトがあったのだろうが世界の表立った動きに、大きな変化はないように思えた。つまり2015年に見えていた世界の崩壊が計画どおりだということ。何かの変化があったわけではないように見える。

自分はどうだったのか

個人的には恐ろしいほど、泥沼に踏み入れた。

42歳で大厄というが、『ドハマり』。まだ個人レベルだから良いようなものの、詐欺や政治屋に巻き込まれたり、危うく死にかけるなんて日常茶飯事。気が休まらないし、勘弁して欲しい。

大きくはドイツへの移住だろう。2016年「申」に日本を去った。
2017年・2018年はかろうじて生きているレベル。酷いものだ。

ただ、人の痛みというのが、この不幸の中で少しはわかった気がする。なんでもスケールが重要、程度の問題だと思うのだが、あまり大きな事をすべき言うべきでないし、不幸の人間をさらに不幸にする、場合があるのなら、本当にそれは避けるべきである、という風に考えるようになった。生物として生きる事への「苦悩」という視点で、誰の生活をも壊したくない、かな。

ま、世界がどう変わってもそれが判るレベルの関心は「無い」。

庶民はそういう事を気にするだろうか?生活に追われている。
個人には世界の事なんて関係ないじゃん、というのがどこまで本音なのか、気になる位、ニュースにも関心がない。

あとは気が小さくなったかもしれない。運が味方に付いていない、と気を付けるようになった。確実性で切り抜ける事も多い。

これではいけない

しかし最近は感じることもある。「これではいけない」と考えるようになった。つまり、道徳的な理想や、生き方の規範の事。

例えば聖書を例にとると、最後の審判という考え方がある。

あれが正しい、と思うようになった。つまり今どれだけ腹いっぱい食べれても、未来はわからないし、目の前の事ではなく、「善」を考えて生きる、という視点がある。善でなくても、美でも良い。とにかく理想を追求しているのか、ということ。

生活に追われながら、そういうことを考える余裕などない。でも「これではいけない」と焦る気持ちがある。

行為

極端な行為というのは止めたほうが良い。

でも行為こそ、思想よりも重要な地位にある。差し当たって、何を行為するのか、難しい所だろう。

桃太郎伝説の総括

総括としてはこの3年で大きく変わった。個人的には。

でも世界はそうは思わない。むしろ安定しすぎている。2015年当時はイスラム国詐欺とか難民詐欺など、色々あったよね。穏やかな裏で進行していることは沢山あるだろう。しかし見えないからわからないし、あまり見ようとも思えない。必死だから。。

残念ながら、自分としてはこの位の事しか言えない。

2015年の自分のブログを見て、「見えない」ものが見えるかもしれない、というメッセージをもらった気がする。見上げてごらん、と言われている気がする。

いらないものが肩から落ちて、妄信というものも少なくなってきた。だからそれが残った。自分にも見える気がするのだ。真実が見えるのだろうか。今もまた真実の過程である気もするし、そうでなければ何も真実でないような気もする。目を閉じて、星を見上げることが、できることの一つかもしれない。

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