ヴィジョンと直観

単なる夢だと、自分ってこんな事(人)を考えているんだっけ??

という事がある。自分の魂の表層では割り切っていたり、理性的であっても、奥底はまどろんでいて、人間の魂・自分の魂を完全に把握するのは難しい。自分の魂に、天使が住んでいるのか、悪魔が住んでいるのか、それは他人を観察する事で、容易に判る。

そのような魂の『弱さ』もしくは『素直さ』が見られる部分に対して、自分の表層意識が自己防衛の方法を教えたくもなる。まず自分が思うに『魂が素直で何が悪い?』ということ。人間は素直や正直が第一だと思う。生物というのは皆、従順ではなかろうか?子供の生き物は環境に従って順応するし、その「従順さ」は「生きること」の基本姿勢であるに違いない。

運命の状況認識とヴィジョン

運命には時折、雷に打たれたような直観行動がある。

これは魂が何かを思い描いていたものの、それが顕現せず、突然明らかになる、というものだろうか。「わかった!」「これだ!」には近いんだろうが、ヴィジョン的なものではない。

ヴィジョンというのは、発想・イメージではないだろうか。これが『夢』や『自己実現』に近いと思われる。この製品はこう作りたいと言って、絵コンテに描くようなもので、夢もまた同じようなものではないだろうか。

だが往々にして、運命は夢どおりにはいかない。直観が支配しているのである。これが事実だ。

また重要なのは、「素直さ」は運命の「状況」を把握するには適切ではない、という事。どうしても個人は、状況の中に埋没してしまう。俯瞰がしにくい。主観だから当然なのだが、運命はまた状況を把握せずには、混乱に陥るだろう。特に厳しい時は。

難しい状況を識る

何でもそうだが、物事が難しいかどうか、まず識ることが重要。

それを運命に適応するのである。というのは、素直に頑張っても運命の状況を把握することとは関係がないから。

難しい問題に打つかって、それが難しくないと思っているのが、本日のメインテーマ。難しい問題は難しいと認識されるべき。

これが日常生活や仕事だと、凄くわかりやすいが、非常にマクロな運命とか人生とか広範囲の問題になると、分からなくなる。

 

 

 

 

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