LINUX初心者が挑むRaspberry Pi①GUIまたはSUDOとかのアレ。Xwindow

Linux初心者にはコマンドとか「小難しい」印象があったが、「windowsと同じようなもんでしょ?」っていうのが判明したんですw

sudo nano /etc/dhcpcd.conf

「sudo ・・・」とか、中の須藤さんにイチイチ頼んでるwみたく絶対やりたくない動作、なのだが、要するにあるフォルダのアプリをSU権限で実行するだけのことでGUIでやるとこんな感じだw
おお、LINUX簡単じゃねぇかw っていうハナシなんですよ。

「やり方」だけのことであって、コマンドラインの必要はないでしょ?GUIのほうが視認性に優れているのは当たり前なんだから。時代と逆行することに気が付いてないんですよね。

Linuxって20年とか進化しているのに、これだ

windows IoTが出たから「RaspberryPiでも触るか」っていう私みたいユーザーもいるわけで、RaspberryPi3からXwindowが標準で備わった理由も、ズバリ時期的なものだと思えるのだ。

今時、キーボードをカチャカチャやってるそのスピード感ってw 僕は非常に時代遅れであり、 ただの儀式ですよ? とまぁ、言いたいのだが、それを今のLinuxに求めても無理かもしれませんw

Windowsが歴史に出現した意味を考えていないですよね。
フリーのOSが出た事に興奮する気持ちから早20年。。。遅いっすね。。

sudo nano /etc/dhcpcd.conf

ちなみにこういう設定ファイルはsuper user(root権限)じゃないと無理みたいで、僕の全部GUIでやりたい願望コチラで実現しました。

「やり方のハナシ」なんで、呪文を手打ちしろ、と言われればやりますけどね。

LINUXってこんなもんなの?

という事がわかりました。結構コレって重要だと思うんですよ。
非/未LINUXユーザーから見ると「なんて小難しいこと」をしているんだろうって、思っちゃいますけど、全て「見せかけ」でw 馬鹿じゃないか?

哲学でも何でもそうですが、「わかりやすい」って大切で、だいたい難しそうなものって怪しいというか、物理なんかもそういう「詐欺」の一種だと僕は思っています。

「プレゼンが下手」「マーケティングが弱い」そういう”囲われた空間”で生きている人達がゴリゴリやってて、一般からするとわかりにくいやり方を好み、あぐらをかいているような世界。でも仕様書を読めばわかる、そんな世界なんでw でも人生って仕様書がないんですよねぇw

何の為にIoTするのか:時間の使い方

まぁ、プログラムとか、IoTとか、全部無くなれば良い、と思っています、僕は。直感的じゃないから。ラズパイでLチカするのに、一体どれだけの知識が必要なのか。もし指や意志でLEDが光ったら、その知識は無駄になるわけですが、「意識を消費する量がハンパない」と思います。ラズパイを使うのを、原始人に教えるためには、OSやパソコンや電気やプログラムやキーボードやモニタや入力方法まで大変な量です。

Lチカなんて実質無意味で低級なことですよね。

人間の意識というのは、例えば「時間」とも関係しています。プログラムといってもそんなに難しくないと思いますが、「意識の消費量」としては非常に非効率だなぁ、と。人生のうちでいくつもプログラミングを覚えるというのも非常に酷な話で、そうなるのも企業の都合だったり、技術の問題だったりして、時間を非常に浪費していることになります。

まぁ、windows、Mac、Linux、いい加減にしてほしいですわw
人間はそういう下らない事の為に生きているわけじゃない。

ユーザーが無知でも使えるようなレベルに「パソコン業界?」の脳ミソは達していないので、一般人でもOSとかSSDとか詳しすぎる事を知らないといけない。「お前(企業)が知れ」というオタクなことをユーザーに強要しているレベルで。クレジットカードは簡単に使えますが、決済する仕組みは近接無線、通信内容、端末開発、サーバー、銀行決済等、非常に複雑です。それに較べると、パソコン業界は「意識を吸い上げ過ぎ」という感じが否めませんねw

例えば自動車でもオイルが減るから管理しないといけない。
ユーザーが知ってる必要があります。夏場に弱い車はラジエーター等を知らないといけない。バッテリーとかも。ユーザーが知るべき知識は製品の完成度が高ければそんなに多くないですがね。

ユーザが無知でも色々できるIoT時代が来ると助かります。

浮いて楽になった時間で、人生を深めるっていうのが、本道。

知識量と人生の浪費→地獄絵図

世の中が複雑化し、知識量が求められるっていう社会は、意外と、「ユーザーフレンドリー(人生を快適に生きやすい)」じゃないってことでは?

何でも知識量が求められるなんて、地獄じゃないですか?

複雑な社会は、地獄。誰が老人を守ってあげますか?
「ユーザーフレンドリーな社会」っていうのは、そういう知識量から解放された優しい社会であるような気がします。

ググるのを止めても快適に生きられる「デジタルデトックス」。
そういう方向が健全だと思います。

今の社会はググらないと危なくて、サービスもまともに受けられない事が非常に多く、知識格差が生まれています。私はバブル世代の相談をよく受けますが、生きにくい社会だと感じています。

もっと知識の扱い方が優しい、わかりやすい社会を目指していかないと数十年後にもっと地獄になるのは私達でしょう。

QR Code

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

スパム対策により、日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。