シュタイナーと岡田茂吉と戦後70年がつながった瞬間

この夏、反戦争法運動が起きました。

反安倍、反コラポレーティズム(TTP)、反シリア難民+偽旗テロ。

日本の世論は、自政権の批判に走っています。確かに正しい。しかしそれを感じるに連れて、驚きがあります。

アメリカのマーケティング能力が素晴らしい

戦争反対+社会の改悪で、アベや政府を誰しも批判しています。でもアメリカを批判している人はいません

一体どういうことでしょう?安倍政権の狙いを精査すると、どれもビジョンを「明確に」抱いているのが判ります。そしてその「下敷き」は日本人にはできない発想なのです。

どういうことでしょうか。現在の移民解禁化も、外資への国土売却法も、指示がアメリカから出ていることがわかります。
「日本は51番目の州」であるなどと揶揄される場合がありますが、認めるべきだと思うのです。現状認識で、です。

ハワイ王国がどのように乗っ取られたかについて、知る人は少ないでしょう。私は昨年ハワイで下調べした時に、現地人「ロコ」の特殊性に驚いたものです。ハワイは白人が東のワイキキに住み、西に低所得者層のロコが追いやられている現実があります。

アメリカは日本の敵なのか

そういう議論は不毛なものです。勿論日本国内から見れば、政策的にはそう言えるでしょうが、それで済む問題ではありません。

岡田茂吉という宗教家は、日本の平和を考え、世界を平和を考えるには、「アメリカを変えなければならない。」と言いました。戦前の人間が何を馬鹿なことを言っているのかと思いますよね?でも彼は宗教的神秘学的な立場から、そう結論づけました。

現在の世界は、ヨーロッパに居ても、アメリカのヒットチャートが頻繁に流れ、それは日本でも些か同じことです。世界の主導権は何処にあるのか?それは誰から見てもアメリカなのです。ただ岡田茂吉は違う立場からそう予見しました。それがR.シュタイナーの神秘学と良く似ているのです。

詳しいことはまた改めますが、アメリカの動きを注視する必要があります。特に大きなことはオバマの出現です。シュタイナーは「黒人文化と白人文化が収束するだろう」と予見していました。まさにそれが起こったのです。世界のカルマ的な流れが、それを産み出すことを当時から主張していたのです。

他にはシュタイナーは唯物論が世界に悲劇的な効果をもたらす、と述べています。それは岡田茂吉と全く同じであり、岡田茂吉の運動の頂点は、「唯物思想の打破」でした。この2人の思想家はわれわれに他にはどんな示唆を行なっているのでしょうか?

それは平和主義です。前世紀の民族対立は解消せざるを得ないのです。レーシストは時代に逆行するのが真実なのです。だから世界では民族差別するのはタブーなのも判ります。だって実際に仲良くできるわけですから。個人関係にはもはや民族というバイアスは通用しなくなってきているのです。だから民族や国家主義を唱えると、その瞬間から観念主義者に豹変するのがわかります。

観念の世界でのみ、人はまだ民族という古い衣装を着ていられるだけです。現実の世界では多かれ少なかれ、助け合って生きているのが、真の現実なのです。だからアメリカとか言っているのは実際にコラポレーティズムを批判する場合、通用しないのです。

我々はアメリカの姿を認識しているのか

実際、経済を見てみると何が起こっているのでしょうか。それはアメリカが今、一生懸命創り出しているのが、インターネットです。それ以前は映画産業、テレビ産業がありました。軍需(専業)産業はアメリカでも多かったのですが、やや古い起源がヨーロッパにあります。軍事からも足を洗うべきなのです。それに較べると日本は何だったのでしょう?確かに江戸文化も素晴らしい個体主義がありました。でも明治維新後は西洋化され、猿真似に過ぎないのです。では我々に原因があるのか?⇦それは違います。

事実的にアメリカがあらゆる20世紀の文化を作ってきたのです。それは破壊でもあります。アンディーウォーホールが何故尊敬されるのか。それは西洋の芸術を鮮やかに解体したからです。芸術を庶民化した功罪とも呼べます。芸術が「単なる印刷」になったのは、現在のコピー文化の極みです。

それらは起こらなければなりませんでした。そしてこれからも。

つまり新しい価値の創出、あらゆる実験、イノベーションは世界の保守的な流れを「更新し続ける」のです。何が原因なのでしょうか。シュタイナーはそれを「世界のカルマ」と呼びます。我々には予見できない種類の「黒人と白人の統一衝動」のような色々なカルマが至るところにあるのです。

そのような背景を無視して、日本ガーとか、アメリカガーとか言っていると、基盤を失ってしまいます。空気読め、というのはこういう事でもあります。

最近20年の社会変化も、驚くべきものです。そのスピードは速いものです。そしてこれからもそうでしょう。そして最も速いスピードなのは「当事者のアメリカ」なのです。

果たして誰が世界の設計者なのでしょう?
日本人は設計者の役割を担えるのでしょうか?
そうです。最初にテーブルに着き、設計段階、開発に関われるのは誰なのでしょう、それが問題なのです

”利権”という言い方が、適切かどうかはわかりません。しかしながら、テーブルに先に着いた者が優位なのは明らかです。

残念なことに、私には「世界の設計」という分野で、欧米の右に出る者は居ない、と考えています。歴任のキャリアが違うのです。世界を設計するとは、どういうことでしょうか。

その一つに残念ながら、神秘学があります。オカルトです。
オカルトは馬鹿にされていますよね?何故でしょうか?考えた事がありますか?もしかしてそれは誰かの印象操作ではないのか?

学歴や大学、そして科学が尊重される文化は誰が作り出したのでしょうか?そしてそれは印象操作ではありませんか?本当に価値があるような「評価」がなされているのでしょうか?

頭脳が最も得意なヨーロッパで生まれたのが、科学です。つまり「得意分野」だったわけです。一般的に西洋人が前脳(つまり思考)、東洋人が後脳(つまり感情) が優位である、と岡田茂吉は指摘しています。思考はもともと欧米人が得意なわけです。その得意分野に、日本が突っ込んできたので欧米は驚きましたが、言ってみればコピーです。本質的なイノベーションではありません。

話しを戻しますと、ヨーロッパの都市計画に神秘学が大きな影響を与えているのを私は調査した事があります。それは驚くべきものです。彼等は通常の日本人は知ることのない神秘学を研究しつづけています。その最も判りやすいものが「ペンタゴン」です。あれはとっくに中世イタリアで実現していました。しかし何らかの効能があるのです。言ってみれば、欧米版の風水です。

なーんだw と笑う場合ではありません。彼等は思考しながらやっているのです。信じるとかそういう意味ではないそれを隠すのでオカルトなのです。武器の秘密を敵に知らせるのは、愚か者です。その発端になったのが、東ローマ帝国イスタンブールの陥落だとシュタイナーは指摘しています。その時に大量のユダヤ人が、神秘知識のカバラを西洋人富裕層に実際に売ったのです。そこからブームが始まりました。隠れた知識が流行し、オカルト結社が生まれたのです。つまりイエズス会やフリーメイソンなどです。そしてイギリスで公にメーソンロッジが爆発的に普及する前から、自らの事を偽るようになります。多くの知識人がメーソンに入会し、自作自演で「メーソンなんてただの社交クラブだ」と言いふらして馬鹿にしたのです。イエズス会などはそういう風潮はないように思います。ま、とにかく表と裏があるわけですから、一般人は適当に印象操作されていて、良くわからなくならざるを得ません。というのは元々「帝王術」などは他人に教えるわけがないですから。しかしシュタイナー曰く、メーソン儀礼も時代を経るとともに実際の叡智を失いました。

その時、部外者であるブラヴァツキー夫人というのがアメリカに表れて、神智学を一般化しようとしました。その威力を無効化する為に、旧結社側はインドへとブラヴァツキー夫人を追いやったのです。ここに重要な理由があるのですが、「アメリカでしか神智学は通用しない」のです。何故でしょう?

この重要な問いにシュタイナーの明確な答えは私は知りません。ですが、岡田茂吉を重ねて考えると、「フリーメイソンはアメリカ大陸そのものをオカルト拠点として開発した」のです。

アメリカの黒い歴史はここから始まります。ロコ=インディアンを追い出したのには、もの凄く重要な意味があります。アメリカを単純に植民地化したわけではないのです。「そこが必要だから、出て行ってもらった」だけです。

日本の未来

日本の地も彼等にとって、必要になるでしょう。でも日本人は、1億人いるわけですから、殺されでもするわけでしょうか?

ただそんな先の未来の話をしても、意味があるのでしょうか?問題なのは、「我々は何をしなければならないのか」です。

彼等はアメリカで意義のあることをしています。それは間違いない。でも考えてみて下さい。どこかで彼等の正当性に終わりが来るのだろうか、と。

そして疑うのです。そもそも彼等の優位性はどこにあるのだろうか、テーブルに彼等はなぜ最初に座る事ができるのだろうか、と。それは彼等のオカルト学を、我々が知らないだけなのです。

もし他の人が知ってしまえば、彼等がテーブルに最初に座ることができなくなります。つまりそれが「独占の根本」なのです。

日本人が最初にテーブルに着くこともできるのです。

しかしそれが日本人なのか、そうでないのかを、レーシズムから判断しても意味はありません。しかしながら、日本を変えるのにアメリカを変える必要がある、という必要性があります。

人類の偉大な実験国家アメリカを変えるには

敬意を払う。これは日本人的な意味ではなく、上記のようなオカルトベースのアメリカを認識する、という事です。世界で何が起こってきたのか、見届ける気合いが必要です。つまり結局は日本もアメリカも「無い」のです。あるのは世界史です。

彼等の流れの上に、日本の流れを埋めるのです。

彼等の歴史とキャリアに敬意を払います。現在日本人として持つ感性を流し込みます。新しいものを埋め込まなければならない。新しいITを埋め込むべきなのでしょうか?新しい技術を発明することでしょうか?プリウスのように??違います。

「ソフト」です。「ハード」ではありません。つまり物質ではない「価値」をテーブルに持ち込むのです。それが日本人に与えられた重要な責務だと私は考えています。シュタイナーによれば、今後世界は、振動によって機械をオカルト的に操作する時代が到来します。

何を言っているのかというと、個人の念が機械を制御するようになるだろう、とシュタイナーは予見しているのです。個人の霊性が機械に反映する時代が来るのです。つまり「ソフト」である「徳、志操、霊性」が機械本来のOS(オペレーティングシステム)になるだろう、ということです。

本当のハード(物質機械)とソフト(精神マインド)が実現します。ですから今の「プログラム」と「ハードウェア」を超えるのです。しかし徳が支配し始めます。悪性や善性によって動かない場合がある、というのです。プログラムが悪いと動かないように。。

今の子供は若い頃からプログラムを教育され始めていますが、もっとずっと未来に、瞑想や精神訓練をする事になります。それが本当の未来の姿です。どうでしょう?日本的です。どういうことかというと、未来のアジア人は特定の課題を持っているのです。それは西洋が築き上げてきた物質文明を、マナス(霊我)によって精神化する役目です。それはまだなされていません。西洋の哲学書30冊分を、たった数行で表現するような「精神的進化」が課題なのです。ですから、まず唯物論を止め、個人の生活を精神化させる方向に舵を切らなければなりません。

(「禅」の日本人への投影イメージは、カルマ的に意味があるような気がしてなりません。ただ禅を言葉に圧縮できないとダメです。禅と哲学を言葉で表現することになるかもしれません。孔子の哲学のように、言葉そのものが有効である必要があります。)

そのための指導がシュタイナーのアントロポゾフィーであり、岡田茂吉の思想なのです。それは単なる入り口です。目標は「道徳」そのものなのです。シュタイナーは神秘学を詳細に学問化しました。それは、学問つまり思考が、霊性を受容できるための「単なる入れ物」なのです。でなければ、スウェーデンボルグやシルバーバーチのように語ったはずです。意味があるのです。岡田茂吉も霊運動に非常に苦心しました。そして浄霊などの医術を産み出したのです。両者共、降霊術に反対しています。

イメージとしては、アメリカのヒッピー文化でシャーリー・マクレーンのような「スピリチュアリズム」に、道徳哲学をつなげるべきなのでしょう。

私のイメージはこういったものです。人は箴言に至らなければなりません。ニーチェのような箴言をさらに破壊するような、知性を超えた「感動」がなければなりません。「電車男」?騒ぎってどういうのだったか、記憶が確かではありませんが、ともあれ生活の中に固有の破壊がなければ、新しいものは生まれないでしょう。

その遥かなる歴史が今始まっているのです。私の様に、PC選びやIoTや3Dプリンタに興味を持っているのは、全然甘いのです;
遅すぎて、人の労苦を猿真似して驚嘆しているだけです。ハードではない「何か」を得なければ、次の時代の「創造」に参加できないでしょう。

生活の中に固有のイメージを得なければならない。アメリカを変える、という意味では、今までの多くのバイアスを取り除いて、精神化・道徳化とは何か、探さないとダメでしょうか。

岡田茂吉の浄霊術は誰にでもできるかも知れません。やってみるだけでなく、何か精神的に進化できるような道もあるはずです。とにかく歴史の流れの上に、精神を入れていく方法で、アメリカを変えられるのかもしれない。どちらにせよ、場所は鍛錬そのものには関係ないように思います。というのは人は誰でも必要な基盤の上にカルマによって立っているからです。だから努力していけば、間違いはないハズです。

今回は本来はアメリカを非難するハズの日本人が、アメリカの洗脳によって日本人自身を非難したり、個別政策を批判している風潮を見て、アメリカの熟練されたマーケティングに愕然としました。アメリカ人に見習う所は多いかと思います。

敬意を抱き、日本人、アジア人の目標に頑張りたいと思うところです。

例え政治面で問題があったにせよ、アメリカのマーケティングは徹底したステルスですから、電通がマスコミを牛耳るのと同じで、本体を見ているわけではありません。しかも安倍はアメリカのブレーンどおりに行動しているだけなので、人形に怒っても仕方がない。それは負の側面です。我々は正の側面を持たなければ、ステルスマーケティングに翻弄されるだけでしょう。

未来を観るために、今探しましょう。それはできるはずです。

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